旧弘前偕行社
旧弘前偕行社 旧弘前偕行社

保存修理(復原)事業の概要

外壁や軒はそれまでの優しい風合いから薄いグレーと濃く深いグリーンのモダンな配色に、
鉄製の装飾も建設当時の色に復原しました。
中央棟、東棟、西棟の各面の屋根を飾っていたドーマー窓(屋根窓)も復原。
車寄せの屋根にはアクロテリオンと呼ばれる装飾が設置されました。
また、床下から建築当初のものと思われる瓦が発見されたことで、屋根瓦も赤茶色に葺き替えられました。
校舎や園舎としての利便性を高めるために設けられた後付けの出入り口は壁や窓に復原。
「トイレ」「下駄箱」「流し台」を撤去し、トイレは独立棟として整備。
「会場」は間仕切りや舞台、黒板を撤去し、遮るもののない一室の大広間になりました。
また、「控え室」は採光のために設けられた窓を壁に戻しました。
各室の内装も当時のものに復旧し、床はタイル敷きから多くがリノリウム敷きに。
リノリウムは大正8年(1919)の国産化以前はイギリスなどから輸入された当時の最先端素材です。
 「球撞場」はビリヤード室のことで、明治時代、ビリヤードは家族や将校など上流階級向けの娯楽でした。
また、出入り口となる門柱の間には鉄製扉を復原。
門柱の上には電燈が置かれています。
弘前に電灯会社が開業したのは明治34年(1901)のことで、完成当時は電気の利用者はごくわずか。
レンガ塀には鉄柵が設けられました。